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アスベスト対策人間と地球の豊かな環境のために環境という財産

アスベストについて

人類は数千年前からアスベスト(石綿)を利用してきました。
鉱物でありながら、ほぐすとしなやかな繊維状となり糸や布に織ることもできたので、様々な用途に使用されてきたのです。

紀元前2500年頃のフィンランドでは土器を作る際に粘土に混ぜて補強用として、古代エジプトではミイラを包む布として、ギリシャではランプの芯として、中国でもアスベスト繊維で織った布の記録が残されています。

日本の昔話「竹取物語」にもアスベストは登場します。
かぐや姫が5人の求婚者を諦めさせるために突きつけた難題の内のひとつ「火鼠のかわごろも」が、まさにそれとされています。
江戸時代には平賀源内が秩父地方から産出した白石綿で、火浣布(カカンプ)という燃えない布を作りました。
火浣布は、火にかざせば洗ったようにキレイになるという宣伝文句だったようです。

アスベストの種類

19世紀後半にアスベストの紡績法が改良され、カナダや南アフリカでアスベストの大鉱脈が発見されたことで、世界のアスベスト生産量は爆発的に増加しました。

吸音性・吸着性・断熱性・耐火性・高抗張性・電気絶縁性・耐酸性・耐アルカリ性に優れた性質から「奇跡の鉱物」としてもてはやされたのです。
しかし一方で、容易に飛散し、目に見えず(髪の毛の5000分の1)、肺に突き刺さると分解されず、肺の免疫細胞を死滅させるという側面も持ち合わせていました。

アスベストの健康障害については、1906年にイギリスのMurray医師が石綿(アスベスト)肺の初めての報告を行い、以後フランス、イタリア、ドイツから報告がなされました。

日本での石綿(アスベスト)製造業者向けの日本語の初めての書籍「石綿」杉山旭著(昭和9年)にも、この点が触れられているほど有名な健康障害でした。(Asbestos Center 石綿Q&Aより)
また、ナチス政権下のドイツ出は、1942年に中皮種に対して初めて労災認定がなされましたが、第2次世界大戦後、その研究は無視されてきました。

1972年には、ILO、WHOが石綿の発癌性を確定し、73年にはアメリカで製造者責任が認定されたにもかかわらず、日本の輸入量は70〜80年代に年間30万トン前後で推移してきました。
1971年に労働省が労働安全衛生法に基づく特化則(特定化学物質障害予防規則)を定め、1975年に石綿の吹付け原則禁止、1992年には青石綿を輸入禁止したことで輸入量も減少し始めましたが、石綿製品製造の全面禁止(一部猶予)に至ったのは2006年です。

1950年頃から2004年までの間に輸入されたアスベストは約1000万トンとされています。

クリソタイル

クリソタイル

アモサイト

アモサイト

クロシドライト

クロシドライト


現在

現在でもアスベストはいたるところに様々な姿で存在しています。
建築材料(外装材・内装材・下地材・床材・天井材等)や電気製品類など、アスベスト製品の製造禁止以前に作られたものには何らかの形で使用されている可能性があります。
外壁材のように硬く焼成されていて、そのままの状態では飛散する恐れの少ない建築材料も、解体の際に不適切な方法を用いると(散水をしない・機械で解体する・投げ下ろす等)、破損した箇所から粉塵が発生します。

(参考・・・写真で見る石綿・アスベスト製品
http://www.asbestos-center.jp/asbestos/byphoto/index.html”の対策
http://www.asbestos-center.jp/asbestos/byphoto/6.html”をご覧下さい)

これから・・・

公共建築物の解体・改修に関していえば、吹付け材以外のアスベスト成形板についても事前調査が必須項目に加えられたことで、落札業者は法を遵守しながら適切な処理を行うことが当たり前になってきました。しかし、民間建築物では費用がかかりすぎる等の理由により、十分な対策を施した工事がほとんど行われていないことも事実です。阪神大震災や新潟県中越沖地震などの大規模災害の際、崩壊した建物の撤去作業時に携わってばく霧した方は多数いたはずです。

アスベスト対策はこれからが正念場です。

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